GENERATIONS from EXILE TRIBEのパフォーマーとして活躍する小森隼さん。
明るくムードメーカー的な存在でありながら、真面目で努力家な一面も多くのファンに知られています。
そんな小森隼さん、実は三重県出身というのをご存じでしたか?
今回は、「三重県のどこで育ったの?」「いつ東京に?」といった疑問にお応えするべく、小森隼さんの生い立ちをまとめてみました!
地元・三重県で過ごした日々から、夢を追って単身上京するまでの軌跡をたどっていきましょう。
小森隼は三重県のどこ出身?

小森隼さんの出身地は、三重県多気郡大台町(たきぐん・おおだいちょう)。
この町は、三重県中南部に位置し、松阪市の南西、伊勢市の西側に位置する自然豊かな地域です。
車でのアクセスは、松阪市や伊勢市からは約30分ほど。
人口は約7,773人(2025年4月1日時点)の自然に囲まれた静かな環境の中で、小森隼さんは育ちました。
実際に、小森隼さん自身も2024年の『秘密のケンミンSHOW極』出演時にこう語っています。
自らの出身地を堂々と公言し、誇りを持って紹介するその姿からは、地元への深い愛情と感謝の気持ちが感じられますよね。
小森隼さんは、大台町にある三瀬谷(みせだに)小学校を卒業しています。
こもり校長「俺は小4で習った。三重県多気郡大台町の三瀬谷小学校は小学校4年生で割り算を教えたけどね」
出典:TOKYO FM『SCHOOL OF LOCK!』
町内で最も児童数の多いこの小学校も、全校児童はわずか約130人(2024年度)。
そんな小規模な学校から、夢を見つけて羽ばたいたひとりだったのです。
三重県大台町から夢を叶えた存在として、きっと地元の人たちにとっても誇りとなる存在なのではないでしょうか。
小学4年生で訪れた運命の出会い

小森隼さんの人生を大きく変えたのが、小学校4年生の頃。
母親と一緒に訪れたEXILEのライブで、人生の方向性が決まりました。
小森隼さん本人も、当時の心境をこう語っています。
ダンスと出会ったのは小学4年生の時。EXILEファンの親に連れられてEXILEのライブに足を運んだことがきっかけで、なかなか本気になれなかった心が一気に燃え上がった。
出典:Real Sound
ステージで踊るメンバーたちを見て、「自分もあのステージに立ちたい!」と強く感じたそうです。
それ以降、地元・三重県から新幹線で東京へ通う生活がスタート。
当時から、EXILEが運営するダンススクール「EXPG」に通い、本格的にダンスに打ち込んでいたとのこと。
“EXILEのように踊るためにはEXPGに通うしかない”と考えていた小森は、10歳の時に地元三重から新幹線でEXPG東京校に通い始めた。
出典:Real Sound
小学生でこの行動力と情熱、本当にすごいですよね。
実はそれ以前、小森さんは水泳・そろばん・英会話・ドラムなど、さまざまな習い事に挑戦していたそうです。
けれど、どれも1か月ほどで「辞めたい」と言ってしまい、なかなか続かなかったといいます。
そんな小森隼さんが、初めて自分の口から「ダンスをやりたい」と言い出したのがこのとき。
「母はいろんなことを僕にやらせてくれました。水泳、そろばん、英会話、ドラム……。でも全部続かなくて、1か月ぐらいで『辞めたい』と言っていたんです。そんな中、初めて『ダンスをやりたい』と自分から言い出し、『1年だけ通わせてあげるから頑張りなさい』となりました。
出典:ENCOUNT
母親の「1年だけ」という約束が、まさか将来のデビューへとつながるとは、当時は誰も想像していなかったかもしれません。
ですが、それだけ小森隼さんの本気と、母親の“信じる力”が重なった特別な選択だったことがわかります。
憧れのEXILEのように「ステージに立ちたい」という気持ちが、彼を突き動かしていたのでしょう。
地元の大自然の中で育った少年が、夢に向かって踏み出す姿は本当に印象的ですよね。
中学進学を機に上京!12歳での大きな決断

そして小学校卒業後、小森隼さんは中学入学と同時に、単身で東京へ上京します。
まだ12歳という年齢で、家族と離れ、自分の夢のために新たな土地で生活を始める——
これは相当な覚悟がなければできることではありません。
しかし、その決断の背景には、「ダンスを本気でやるなら東京しかない」という思いがありました。
卒業前に『ダンスを本気でやるんだったら、東京に1人で行く必要があるけど、どうする?』と言われたんです。僕は『逆になんの質問?』ぐらいの気持ちで単身上京を決断しました。
出典:ENCOUNT
何より大きかったのは、小森隼さん自身の“強い意志”。
そして、小学校を卒業したばかりの我が子を送り出してくれた家族も相当な覚悟が必要だったでしょう。
小森隼さんは、今も家族への感謝を忘れずに語っています。
快く東京に送り出してくれた家族に対しても、「よくOKしてくれたなと思うし、今は親孝行しなきゃいけない気持ちありますよ」と感謝を口にしている。
出典:Real Sound
また、小学校の卒業式を振り返って、子どもらしい素直な心境を語っていました。
⼩学⽣の時の卒業式は凄く不思議な感じでした。
⼩学⽣の時の感覚だからしばらく、⾃分の家に帰って来ないんだ
みんなとはしばらく遊ぶことが出来なんだな。 くらいの感覚だから
出典:TOKYO HEADLINE
12歳にして単身・東京での生活。
普通の12歳なら、寂しさや不安で心が折れてしまってもおかしくありません。
上京時にはすでにダンスだけで生活することを決意していた。「何の疑いもなかった」と将来への不安も皆無だった。
出典:ENCOUNT
疑いのない夢への想いは、やはり只者ではないなと感じます。
その後、小森隼さんは努力を重ね、2012年にGENERATIONSの正式メンバーとして、17歳でデビュー。
三重県・大台町での経験が、彼の人柄や芯の強さを育んだのは間違いありません。
自然に囲まれた静かな町から、夢を追って都会へ——。
小さな町の12歳が抱いた大きな夢は、やがて本物のステージで輝く未来につながっていきました。
「夢って、本気で信じ続ければ、ちゃんと届くんだ」――そんな気持ちにさせてくれますよね。
まとめ
小森隼さんの出身地は、三重県多気郡大台町。
人口約7,700人の自然豊かな小さな町で育ち、10歳でダンスと出会い、12歳で単身上京――
その行動力と信念は、まさに「夢を本気で信じた人」の証です。
小森隼さんを支えたのは、何より家族の理解と応援。
中でも「1年だけ通わせてあげるから頑張りなさい」と送り出してくれた母親の存在は、今も小森隼さんの原動力となっているようです。
地元・大台町で過ごした日々、EXILEとの出会い、迷いのない決断。
そのすべてが、今の小森隼さんを形づくっています。
自然豊かな環境で育ち、努力を重ねて夢を叶えていった彼の姿は、多くの人に勇気を与えてくれますよね。
これからも、小森隼さんの活躍を地元から応援していきたいと思います!
それでは、ありがとうございました!
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